「アジア・パシフィック国際バレエ・コンクール」について
ASIAN PACIFIC INTERNATIONAL BALLET COMPETITION
 バレエ芸術は、西欧をその源とし、その地でその様式が確立された舞台芸術でありますが、特に第二次世界大戦終結以降、この芸術は世界中で愛好され、かつ踊られる様になりました。
 特に東西冷戦期、バレエはロシア(当時のソ連)のお家芸として、社会主義圏(例えば中国やモンゴル、キューバやヴェトナム等)に広められた側面はあるのですが、自由主義圏でもヨーロッパ・北米を離れ、オセアニア(オーストラリアやニュージーランド)や南米諸国、更にはエジプトやイスラエルなどの中近東諸国、そして近年にはアフリカ諸国にまで広範な広がりを見せています。
 そんな中でアジア諸国、特に日本、中国、韓国などは今や本場西ヨーロッパ諸国、更には旧ソ連j圏内諸国にも迫ろうかという程の勢いで、優秀なダンサーを次々に送り出すまでに成長しました。
 その様な状況の中で、日本バレエ協会ではいち早くこのアジア圏並びに環太平洋諸国に目を向け、先行の全日本バレエ・コンクールの第5回目(1987年)を第1回のアジア・パシフィック国際バレエ・コンクールとして位置づけ、以後一年おきに双方のコンクールを交互に実施することで、アジア太平洋地区のバレエ芸術のより一層の振興発展、並びにバレエを介しての文化交流・国際親善を計って参りました。
 現在までにこのコンクールには、わが国をはじめ中国、韓国、モンゴル、フィリピン、マレーシア、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランド、ベトナム等<様々な理由から北米、及び中南米諸国は現在のところ招へい対象にはしておりません>数多くの環太平洋諸国からの参加者、審査員、オブザーバーが会し、この地域のバレエ芸術振興に価値ある貢献を果たして来たと同時に、このコンクールの上位入賞者の殆ど全てが、それぞれの国のバレエ団において、更には欧米諸国のバレエ団において、今やプリンシパル、ソリストとして活躍しております。   

<→ 歴代主要受賞者のその後>

 
尚、このアジア・パシフィック国際コンクールのコンセプト、並びに審査基準は前述の全日本バレエ・コンクールと全く同一であり、参加者、並びに審査員の枠を海外に広げたものとご理解下さい。


■ 出光興産特別奨学金<スカラシップ>について

 
本アジア・パシフィック国際コンクールにおきましては、出光美術館の運営等、わが国文化・芸術の振興・発展への支援を企業コンセプトとしておられる出光興産株式会社様より、ジュニア部門で最高位を獲得したわが国青少年に対し「出光興産特別奨学金」が授与されております。
  本スカラシップ受賞者は、環太平洋地区最高のバレエ学校として名高いオーストラリア・バレエ・スクールへの入学が許可され、同校への留学渡航費用、及び滞在費の一部が出光興産株式会社様から
支給されており、既に数多くの受賞者が同校留学を経て、世界の檜舞台で活躍するダンサーへと成長しております。

 → 出光興産特別奨学金歴代受賞者

 → アジア・パシフィック国際バレエ・コンクール 過去の記録